長谷川冬香助手(油絵学科油絵研究室)インタビュー
聞き手:長沢秀之教授(油絵学科)
長沢:長谷川は皮膚感覚的に描いてるよね。あんまり視覚対象としてモチーフを見てないようなところがある。そこが特徴なんだよね。視覚として遠ざけて、物を見つめる、みたいな感じじゃない。
長:遠くから眺めたりとか、凝視するというよりは、手に取りたいという気持ちがあります。すごく触りたいんですよね。
長沢:触るように描いてる。
長:ここにモチーフがあって、それと、一定の距離をとっている方がその物がよく見えると思うんですよ。でも、それをよく見たり、周りをまわっていろんな角度から見て観察するよりは、どちらかというとそのものを触りたいし、できることならその中に手を入れてみたいっていう感覚が強くあります(笑)。そういう感覚で絵を描いているようなところはあるかもしれません。
・描いている時、モチーフは近くにありますか?
長:ある場合もありますが、最近は写真が多いですね。イメージだけを集めたりしています。最近は情景写真だけじゃなくて、その物だけを切り抜いています。頭だけ、とか、布団とか髪の毛だけを切り抜いています。たとえば仏像の造形って布の捉え方がすごく変わっていることに最近気付いたのです。。こういう作業って、自然に背景があって顔が写っていて…という写真の状態よりも、自分が触っている感覚に近くなれる気がしています。
・切り取ることで?
長:はい。最近はこういう作業を大事にしています。はじめはこれで貼り絵をしたら面白いかな、と思ったんですけど、まだそこまでは辿り着いてないですね。切り抜いた段階で今は止まっています。
・同じ研究室の杉山さんは、自転車でこの辺りをまわって、気になったものを描くとおっしゃっていましたが、長谷川さんは気になるモチーフを探して描くんですね。
長:杉山さんはスケッチとか取材っていう作業を大事にしてると思うんですけど、私はあまり描く対象とか、制作のモチベーションみたいなものが屋外にはあまり感じないんですよ。すべて家の中に収まっています。すごく感覚として強いのは、朝起きた時に手とか髪の毛を触って、自分の体の中に自分が入っていることを確認してから動き出すような状態です。
・毎日ですか?
長:そうですね、雰囲気ですけど(笑)。感覚が内へ内へ行く傾向はすごくありますね。
・布だったり、流れだったり、モチーフに一貫性が感じられるんですが、それに対しては何か感じていますか?
長:触りたいと思うものですとか、あとは、自分が実感を持って制作とか表現できるものが、身体の近くにあるものと感じています。
長沢:ぼくからも質問していい?長谷川は、さっきも言ったように、対象から離れて見るとか観察するっていうのはしないよね。自分で感じられるところからやってる。布団も、物じゃなくて、自分の皮膚として描いているような感じだったよね。それにぼくは最初すごくびっくりした。普通だったら布団っていう対象を描いてしまうんだけど、彼女は自分の肉体を描いてるみたいで。普通の感覚とはちょっと違うことをやってるんだよね。それが触感的とか、触るように描きたいっていうことだと思うんだけど。それを絵にしたいっていうのはどうしてなの?
長:絵は写真とは違って見えるだけじゃなくて、質感みたいなものが強く関わっているものだと思います。キャンバスの地や、重なっている絵具の色とか厚みとか。そういったものが同時に目に入ってくるのが絵のいいところだと思っていて、表現媒体として気に入ってます。
長沢:例えば布団でも、描写的にもっていこうと思えば、布団の説明ってどんどんいけちゃうじゃない。こういう風にやれば「布団らしくなったな」って。だけど、絵具でやってると曖昧な部分が出てきちゃうから、それが皮膚に見えたりとか、触感的に見えたりとかするじゃない。描いていてそういう体験があると思うんだけど、その辺りはどう?「これ布団じゃなくなっちゃったな」とか、「得体の知れないものになっちゃった」とか。
長:ときどき「わからないものになったな」っていうのはありますね。
長沢:そのわからないものが、ぼくは結構重要なような感じがするんだよね。
長:そうですね。わからないものとして大事にできるときもあるんですけど、どうにか説明したくなっちゃうときも結構ありますね。
長沢:ふたつ、長谷川の中にあるよね。わからないものをそのまま持っていくのと、それから、模様みたいな傾向。模様を描きたいっていうのは、とことんその輪郭線を手で辿るような感じで、はっきりとさせたいんだよね。もうひとつが、ものすごく曖昧なままで、自分の皮膚感覚で夢うつつの中で触っているような感じでありたいっていうのと。両方あるんだろうな(笑)。そこで揺れ動いているのが面白いところだね。
・模様も、触覚的なものから発生してるんですか?
長:模様があるっていうことは、そこに面とか方向があるっていうことじゃないですか。だけどその模様や図柄だけを辿っていると、地と図の関係が変わって、立ち上がってくるような錯覚があり、そこが面白い。でも、普通に自分自身「柄が好き」っていうのとかもあります(笑)。特に花柄には弱いですね。
・色についてはどうですか?
長:ほとんどの絵は赤で描きはじめて、その上に白い色や黄色のか、色の層を重ねていく描き方をしています。
・1色ずつ描いていくんですか?
長:それに近いですね。色の層が重なって絵の表情が出来ています。ピンク色の絵具を使っているわけではなく、赤の上に白が重なっているのでピンク色に見えるのです。層を重ねていくことって、本当に皮膚ができてるのと似ていて、色の層による混色をおもしろいと思っています。
長沢:絵を窓として見るか、皮膚として見るかという問題ですかね。昔から言ってきたんだけど、絵はそこを通して別の世界が見えるもので、それぞれの絵にそういう要素があるのと同時に、もうひとつ表面を撫でるっていう触覚というか皮膚感覚に近いものがある。この1枚のキャンバスっていうのは作られた皮膚のようなものなんです。だから、長谷川みたいな皮膚感覚で絵を描く人が登場してくるっていうのは、必然性があるんだろうね。
interviewer
高橋奈保子(視覚伝達デザイン学科研究室助手)
黒澤誠人(美術資料図書館)